2006年07月30日
[イラク] 殺害予告で監督辞職 [ 中国以外 ]
殺しの脅迫を受けたイラク代表監督が辞めた。
アクラム・サルマン(Akram Ahmed Salman)監督と家族に向けた殺害予告は、イラクのスポーツ関係者に向けた一連の誘拐、脅迫、殺害の一つだ。
イラクサッカー協会会長アハメド・アッバス(Ahmed Abbas)に辞職願を提出したサルマンは、すでにバグダッドから退去している。
「代表チームを訓練するのを辞めろと脅され、彼は辞職しました。『お前のことは何でも知ってるぞ。家族や自宅の場所もだ。イラクサッカー代表の指導をやめろ。そうしないと、すべてが手遅れになる』」
この脅迫が手紙だったのか、電話だったのかははっきりしない。また、サルマンには連絡はつかない。
イラク代表は北部都市アルビール(Irbil)で、12月にドーハで行われるアジア選手権に向けた合宿を行う。イラクでも最も安全な都市であるアルビールに、サルマンとその家族も同行するが、訓練は行わない。
(訳注: アラブ過激派の多国籍軍やクルド人に対するテロが多く、2004年2月4日には109人が死亡する大規模な爆弾テロが起きた Wikipedia)
今月初め、イラクオリンピック委員会の議長と30人以上の役員が誘拐された。バグダッドの中心部、スポーツ会議場で白昼堂々と起きたこの誘拐事件では、テコンドーとボクシング連盟の会長も被害者に含まれている。
この誘拐の前には、バグダッドのシーア派地域でスンニ派のイラクレスリング代表監督が殺害されている。
過去3年間、大きな活躍をしてきたイラクサッカー代表を、戦争とテロで疲弊しきったイラク人は一致団結して応援してきた。2005年には、シリアをPK戦の末4-3で破り、西アジア選手権で優勝している。
アジアカップの準決勝に進出した2004年7月には、イラク人は街頭で空に向かって銃を撃ち、喜びを表した。中国に3-0で敗れたものの、その快挙にイラク人は驚喜した。さらにフセイン政権崩壊後に初めて出場したアテネオリンピックでは、ポルトガルに4-2で勝利する大活躍も見せている。
補足: イラク代表について ©AFC
アジアカップ成績:
2004年 ベスト8
2000年 ベスト8
1996年 ベスト8
1976年 4位
1972年 グループリーグ敗退Group stage
FIFAワールドランキング(2005年12月)54位
2004年イラク代表は、戦争で疲弊した国民に大きな喜びを与えた。アジアカップとアテネオリンピックでの活躍である。
アジアカップ中国で、イラクは2-1で強敵サウジアラビアを破りベスト8に進出した。そのパフォーマンスは、一ヵ月後のアテネオリンピックで最高潮に達する。イラクはポルトガルとコスタリカ、そしてオーストラリアを破り、4位に入った。
国内の厳しい情勢で3年以上も国際試合に出場できなかったイラクだが、代表は高度なパフォーマンスを維持し、西アジア選手権でも優勝している。ヨルダンのアンマンで行われた『ホームゲーム』で、ウズベキスタンに2-1で敗れ、ワールドカップ予選で敗退したのは非常に残念だった。
イラクは才能には事欠かない。AFC最優秀若手選手賞にノミネートされたユニス・マフムード(Younis Mahmoud/FW)とラザク・ファルハン(Razzaq Farhan/FW)、クサイ・ムニール(Qusay Munir/MF)、ナシャト・アクラム(Nashat Akram/MF)、エマド・モハメド(Emad Mohammed/FW)、そしてハウル・モハメド(Hawar Mulla Mohammed/MF)とサレー・サディール(Saleh Sadir/多分Salih Sadir/MF)が注目すべき選手だ。
アジアカップで過去3回ベスト8に進出したイラクは、2007年もさらなる活躍をし、1976年以来のベスト4進出が期待されている。
監督アクラム・サルマン(1945年生)について
ベテランの域に達した監督は、生まれ故郷でもあるバグダッドで1970年からサッカーにかかわっている。1986年初めてワールドカップに出場した際も、彼の指導力は際立っていた。
世界中を回るサルマンは、イラク代表を何度も指導した。そして2005年に、西アジア選手権で優勝し、2004年度AFC年間最優秀監督賞のアダナン・ハムド・マジード(Adnan Hamd Majeed)の後を継ぎ、再び監督に就任した。
Iraqi soccer team coach resigns after death threats 2006-07-29 ©Winning Free Press
2006年07月11日
インド、対抗心メラメラ [ 中国以外 ]
やあみんな!インドと中国が次世代の経済大国になるって、世界中が注目しているね!クールだね!しかも経済だけじゃないんだYO!
両国とも、文化や国際政治、料理にいたるまであらゆる面で影響力を延ばしているんだ。
サッカー以外。
これだけ成長著しいっていうのに、なんでどっちもワールドカップに出てないのさ!サッカーは別口ってわけですか!
ってなにそれ!
いや、中国まだいいよ!前回のワールドカップに出たんだから!
インドなんかまだユニフォームすら着ていない段階ですが。インドには最低8億の人間がいて、しかもワールドカップ大好きなんです。なんですか、僕ら異次元の世界にでも迷いこみましたか。
なぜインドはこの世界最高に美しい大会へ行けないのか!これを検証するには、経験的に中国と比べるのが最も適当だね。
人民共和国(68位)は一度、本戦に出場しています。僕らの共和国(117位)はまだ行けてせん!中国サッカー協会は、そこそこうまく機能している甲A(訳注:現在は中超)を運営しています。1994年からある僕らのスーパーリーグやら他の国内リーグは底なし直滑降中です。
バイチュン・ブティアか、
バイチュン・ブティアなしか。
AFCはビジョン・インディアを2005年に立ち上げましたが、どこにゴールポストを置くかでまだ揉めてますYO!
金曜日の夜、情報放送省と全インドサッカー協会(どっちもボスはPriyaranjan Dasmunshiなんですけどね)が、ワールドカップ開幕の特別上映会を開いたらしいよ!マンモーハン・スィング(Manmohan Singh)首相にから、閣僚や議員や大使や元サッカー選手とかセレブ大集合だったってさ!
インドの『2010年にはワールドカップに行こう!(SIC)』も発表されました!Dasmunshiさんにアドバイスするつもりも権利もないけどさあ、そういや北京クリケットの大会があるって噂があるよね。だから、もっと小さいボールでやる方のワールドカップに注目とくに越したことはないと思うよ。参加国も少ないし、中国人がレフトハンドのレッグスピナーでいてくれるかもしれないしね。
おがさんから振られたので書かずにはいられない。2050年には中国を抜いて世界一の人口になっていると予測されているインドです。
最後の文章ですが、left-handはそのまま左腕で、leg-spinというのはボールの投げ方らしいですよ(対になるのはオフスピン)。それ以上は不明。
India kicking around : HINDUSTAN TIMES
2006年06月01日
ホートン監督、インド入り [ 中国以外 ]
イギリス人監督ボビー・ホートンが、インド代表の監督に選出された。インドサッカー協会による正式発表は、金曜日に行われる予定である。
この選出は、Priya Ranjan Das Munshi会長が木曜日の夜にホートンと面会し、技術委員会と話し合った後に決定となった。また、技術委員会は中国へ旅立つ前のホートンと、一時間におよぶ会合を持っている。
インドサッカー協会関係者によると、年俸は16万ドルになる見込みである。また、Biswajit BhattacharyaもしくはSavio Medeiraがコーチに就任すると予想されている。
この決定が下される前、協会書記長アルベルト・コラコ(Alberto Colaco)は、別の監督候補2名も意欲を示していると語っていた。イングランドのイアン・ポーターフィールド(Ian Porterfield)とオランダのクレメンス・ウエスターホフ(Clemence Westerhoff)は、インタビューを受けるつもりであると協会に伝えていた。
元チェルシー監督のポーターフィールドは、6月3日にならインドを訪問できるとファックスで回答した。また、ウエスターホフは、協会からの正式の招待状を要求した。コラコは、テレグラフのインタビューに答えている。
「ポーターフィールドはこちらへ来ると言ってくれましたが、6月3日より前ではは無理でした。また、ウエスターホフについても、コミュニケーション上の問題はありません。彼の代理人(元ナイジェリア人サッカー選手のスチーブン)を介して話し合いました。木曜日に電話した時、招待状が欲しいと言われましたので、すぐに送りました」
しかし、委員会のメンバーはホートンを強力に推薦した。
「監督としての素晴らしい能力はもちろんですが、アジアでの豊富な経験に感銘を受けました」と、技術委員会のメンバーは述べている。
また、ホートンの要求した年俸は、カー(Kerr)よりずっと低かったと伝えられている。しかし、四か国選手権へインド代表が参加することに、ホートンはあまり乗り気ではないようだ。
「参加自体には理解を示してくれました」と、コラコはコメントしている。
7月9-23日に開催される四か国選手権は、初めてのノックアウト式ネーションズカップである。インド以外では、中国U20代表とイングランドのカーディフ・シティFC、そしてホストのバンクーバー・ホワイトキャップFC参加する。
Houghton chosen India coach - Briton to get $1,60,000 per year 2006-05-The Telegraph
2006年03月21日
旧ソ連の新年サッカー大会 [ 中国以外 ]
先週の日曜日、カザフスタンとキルギスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン、ロシア、ウクライナ、ラトビア、ベラルーシが、Nauryz(新年/春の最初の日)を祝うために北京で公式サッカー大会を行いました。
ロシアが優勝し、カザフスタンが2位、キルギスタンが3位という結果になりました。
Football tournament, devoted to Nauryz, held in China 2006-03-20 ©Kazakh Information Agency
2006年03月08日
アジアカップはワールドカップの肩慣らしらしい [ 中国以外 ]
AFCが水曜日に2007年アジアカップ抽選会を行いました。ブラジルやクロアチアはもう現れません。しかし、ワールドカップの敵チームでもある日本は同じくらい不気味な存在です。
先月ライプツィッヒで行われたワールドカップのものほど熱気はありませんが、クアラルンプールで行われた抽選会は、オーストラリアサッカー代表(Socceroos)にとって2006年ドイツ大会の準備という重要な位置を占めています。
この抽選会は、アジアカップ予選での4国からなる6グループを決めるとともに、6月のワールドカップの準備の一環としてサッカールースの最初の敵2チームを決定するものでもありました。
24位にシードされ、最下位のポットに位置するAFC新参者のオーストラリアは、2月22日の予選リーグでトップシード2チームと対戦することになります。
アジアチャンピオンの日本はこの大会1位で、最上位のポット(ポットA)に入ります。これは、サッカールースはワールドカップ予選のライバルとカイザーラウルステンでの対戦の5ヶ月も前に対戦できるということです。
同じくワールドカップ予選を突破したイランと、中国とバーレーン、ウズベキスタン、そしてヨルダンがポットAに入っています。
韓国とイラク、オマーン、クウェート、サウジアラビアそしてカタールはポットBであり、一方でUAEとイエメン、シリア、レバノン、シンガポール、そして香港はポットCに入っています。サッカールースは3月1日にホームで行われる予選第二戦で、最初にポットCのチームと戦います。サッカールースは日本との対戦に心をはせるかもしれませんが、一方で2月末までにオーストラリアが振るメンバーを揃えられるとは考えにくいのです。
この日程はFIFA国際試合カレンダーには載らず、クラブは選手を国際試合に放出する心算はありません。つまり、ヨーロッパで活躍するサッカールースは出場できないのです。
Aリーグに所属する残りのサッカールースも、この試合が大会終盤に組み込まれてしまっているため、出場が困難となります。
フース・ヒディング(Guus Hiddink)監督もオランダのPSVアイントフォーフェンとの契約により欠席し、コーチのグラハム・アーノルド(Graham Arnold)と新しくコーチン具契約を結んだヨハン・ニースケンス(Johan Neeskens)が指揮をとります。
また、3月1日のホームでも選手が揃うかどうか疑問です。FIFA親善試合日程では、クラブは48時間だけ選手を解放することができます。これはヨーロッパでプレーする選手にとって、オーストラリアに帰り試合をするのは事実上不可能です。
グループFでブラジルとクロアチア、そして日本と戦う前、ワールドカップ前にサッカールースは6準備試合を行います。
さらなるアジアカップ予選は8-11月に予定されています。
各グループの上位2チームが、2007年にインドネシアとタイ、マレーシア、そしてベトナムで開催されるアジアカップ本選に出場できます。
Asian Cup draw looms for Socceroos 2006-01-03 ©The Fanatics News

